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| ◆ 【Field Work】 2005.11.3-6 日本山村会議/新潟県朝日村 ◆ | |||
| 民族文化映像研究所(姫田忠義所長)の映画を観る会を礎に発足した日本山村会議は今年第5回目。毎回のように観る「越後奥三面〜山に生きる人々〜第1部」の舞台、奥三面を訪れ、山の人と訪問者で交流し話し合いました。 あまりにも山間にあるため林業ができずマタギの文化を色濃く残してきた奥三面はダムに沈み、比較的村上(日本海側の都市)に近い高根集落は林業で生きてきました。集落は過疎になることもなく活気がありますが、林業は衰退、田んぼも休耕地が多く、人のナワバリが縮小し山が再び押し寄せてきていることを感じます。 世界を見渡せば、日本の山は豊かです。人工林が放置され危険な状態になっているとはいえ、まだまだ山には恵みが多くあります。 こんなに豊かなのに、どうしてこんなに悩んでいるのでしょうか。日本人は有り余る自然をもてあましているのでしょうか。高根の暮らしはすばらしいと高根の人はいいます。そして、都会へ行った若い衆が村に帰りたくても、職場がないといいます。けれども、間伐を待っている人工林がたくさんあり、その人手がないといいます。てんでんばらばらなこの矛盾はどうしたら鍵と鍵穴のように合うのでしょうか。そう思ったらひどく悲しくなりました。 都会から訪れた山村会議メンバーに、村の人は大変な期待をされていました。何かのヒントを持ってきてくれるだろうと。答えを持っていくことはできません。けれども、期待があるということは、すなわち何かができるのかもしれないということです。 不安なのはおそらく、山村だけではありません。不安があっても、ある意味でやはり大きな幸せのある山里の暮らしに触れました。 |
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奥三面・高根の暮らしと自然 |
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奥三面ダム(多目的ダム)。 自然に抱かれ自然と深く結びついてきた暮らしが沈みました。 山の向こうは山形県小国。かつては、新潟県の村上よりも小国と交流の多かった村でした。 |
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奥三面から山を隔てた高根集落にて。 どんぐりの炒め物。どんぐりとはオオイタドリのことです。塩漬けにして保存したもの。すっぱさは全くありません。この地方ではどんぐりをいろいろな調理法でよく食べています。 このほかたくさんの土地のお料理をいただきました。伝統の調理法を引き継ぎながら、味は薄味に現代化されており、おいしく食べられました。 このほか、ふき、クルミ、トチ、ぜんまいも多用されています。まだまだ野山から収穫する伝統は続いています。 |
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泊めていただいたお宅で、ぜんまいと一緒に餅草(ヨモギ)を乾燥させたものが保存してありました。 この地方は、昭和60年ごろまで、ぜんまいを換金作物としており、シーズンには学校が「ぜんまい休み」になり子どもたちもぜんまい干しを手伝ったのです。 |
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タツノケと呼ばれている草。これでひもやむしろを作ります。大変細く丈夫なひもができます。 |
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川の上流にある、田んぼの用水の取水口。手前は自然の水の流れ。右奥へ向かって、岩を掘り水の道を作って田んぼの用水に引き込みました。溝はすっかり角が取れていました。 |
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タツノケのほか、草木布や織物には、シナノキ、ウリハダカエデ、ひも(なわ)には、アカソ、ヒルイ、コウゾ、ヤナギ、ガマなど、さまざまな植物の利用がまだかろうじて残っていますが、知る人は少なくなっています。山国での暮らしの中で人が発見してきた技や知恵は、必要に応じ必然的に生み出されたものだと感じました。野山のものすべてに、どのように役に立つかというまなざしを向けることが、よい暮らしにつながっていたのです。 高根のおばあちゃんが、山に行けば必要なものがいろいろ採れる暮らしを、「幸せで何不自由ない。山にはお金がころがっている」と話されました。 その背後にはどのような気持ちがあるのでしょうか。 |
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| (2005.11.13作成 清藤奈津子) |
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